病院の4割は洪水浸水想定区域内にある
一般社団法人日本病院会が2020年10月に会員病院へ行った水害対策アンケート(578病院回答)では、234病院(40.5%)が洪水浸水想定区域内にあり、そのうち169病院(72.2%)で想定浸水深が0.5m以上、11病院では5m以上でした。内水浸水想定区域内の病院も73病院(12.6%)あります。
2019年の台風19号(令和元年東日本台風)では11都県の計60病院が浸水・停電・断水の被害を受け、同年の台風15号でも千葉県・神奈川県などで47医療機関が停電により診療に支障を生じました。病院の水害は「まれな事故」ではなく、毎年どこかで起きている現実です。
法令上の義務:避難確保計画(水防法第15条の3)
浸水想定区域内にあり、市町村地域防災計画にその名称・所在地を定められた要配慮者利用施設(病院、社会福祉施設、学校など)の所有者・管理者には、水防法に基づき次が義務付けられています。
- 避難確保計画の作成と市町村長への報告
- 計画に基づく避難訓練の実施
- 訓練結果の市町村長への報告(2021年7月施行の改正水防法で義務化)
2021年の改正では、市町村が計画に対して助言・勧告できる制度も創設されました。背景には、2020年7月豪雨で避難確保計画を作成していた高齢者施設で14名が犠牲になった事故があります。計画を「作る」だけでなく「実効性がある」ことが求められる段階に入っています。
計画に定める事項は、①防災体制、②避難の誘導、③避難の確保を図るための施設の整備、④防災教育・訓練、⑤自衛水防組織の業務(設置した場合)の5項目です。既存の消防計画や防災計画、BCPにこれらの項目を加える形で対応できます。
水害BCPは「避難計画」とどう違うのか
日本病院会は2022年3月に「病院等における風水害BCPガイドライン」を公表しました。同ガイドラインは、病院の風水害対策を次の2つに分けて整理しています。
| 防災計画(避難確保計画を含む) | 風水害BCP(医療機能存続計画) | |
|---|---|---|
| 目的 | 患者・職員の安全確保、建物・設備の保護 | 医療機能の存続と早期回復 |
| 主な内容 | 浸水危険性の把握、建物の浸水対策、水防ライン、電気設備の浸水対策、避難誘導 | 対応力の評価、優先業務の選定、タイムライン、ライフライン途絶への対応、復旧計画 |
| 法的位置づけ | 避難確保計画は水防法等で義務 | 災害拠点病院等にBCP策定が義務。他の病院も策定が推奨 |
両者は対立するものではなく、建物を守る対策(防災計画)が整っているほど、BCPで「診療を続ける」選択肢が広がります。逆に、電気室が浸水すれば、どれだけ精緻なBCPがあっても診療の継続はできません。
水害BCPの最大の特徴:リードタイムがある
地震は予知できませんが、台風や豪雨は気象予報により被害発生までに一定の時間(リードタイム)があります。日本病院会ガイドラインは、この時間を活かして警戒段階から被害軽減対応を行うためのタイムラインの作成を求めています。
- 72〜48時間前:気象情報の収集体制、対策本部設置の判断基準、備蓄・燃料の確認
- 24時間前:止水板の設置、排水ポンプの準備、外来・手術の調整、事前休業や転院の判断
- 警報発表〜氾濫危険:浸水階からの患者移動、電気設備の停止判断、非常用電源への切替
- 発災後:安否確認、排水・点検、復旧手配、診療再開の順序
「誰が・いつ・何をするか」を時系列で決めておくことで、止水板の設置や患者移動を人手が確保できる時間帯に前倒しできます。
建物と電気設備を守る:日本病院会ガイドラインの「防災計画」パート
同ガイドラインは、国交省・経産省の「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」に基づき、病院の建物・設備対策を次の順で示しています。
1. ハザードマップ等で浸水危険性を把握する
洪水浸水想定区域図、洪水ハザードマップ、内水ハザードマップで、区域内か否か、想定浸水深、浸水範囲を確認します。計画規模(10〜100年に1度の降雨)と想定最大規模(1000年に1度)の両方があることに注意します。
2. 建物自体の浸水対策
敷地の盛土(マウンドアップ)、基礎を高くするピロティ構造、防水性の塀で囲む、防水性の外壁。新築・建替え時の選択肢です。
3. 建物内への浸水防止(水防ラインの設置)
浸水深と浸水範囲から建物への浸水経路を予測し、出入口等のすべての浸水経路に止水措置を講じて水防ラインを形成します。出入口の嵩上げ、設定浸水深以上の高さの止水板、防水扉の設置に加え、からぼり・換気口などの開口部の対策、排水設備からの逆流防止・貯留槽の溢水防止が含まれます。
4. 電気設備の浸水対策
- 浸水リスクの低い場所への電気設備の設置(建築計画上の制約との調整が必要)
- 電気室の防水区画化:出入口に防水扉を設置し、電源引込み口・配管貫通部などを止水処理材で充填
- 電気設備の設置場所の嵩上げ、耐水性の高い機器の採用
アンケートでは、非常用自家発電設備を保有する病院(93.1%)のうち、建物内設置の66.3%が地下または1階に設置していました。発電機があっても、その場所が浸水すれば意味がありません。
5. 停電への備え:複数引込みと非常用電源
2021年4月の電気事業法施行規則改正により、災害対策として「1需要場所・複数引込み」「複数需要場所・1引込み」が認められ、電力供給のバックアップが構成しやすくなりました。非常用発電機は種類(ディーゼル・ガスタービン)と燃料備蓄量、運転可能時間、設置場所をあわせて評価します。

「逃げる」から「残る」へ:屋内安全確保という選択肢
病院にとって全患者の立退き避難は、搬送中のリスク、受入先の確保、人手の面で極めて負担が大きい行為です。日本病院会のアンケートでも、多くの施設が避難開始のタイミングや目安を持てておらず、人手不足から「できれば避難行動をとらずに済ませたい」と考えている様子がうかがえます。判断が遅れれば、間に合うものも間に合わなくなります。
そこで重要になるのが、避難確保計画の手引きにも定義されている「屋内安全確保」(上階への移動や高層階に留まることによる安全確保)です。これを現実的な選択肢にするには、次の条件が要ります。
- 建物への浸水を止水ラインで防げる(止水板・防水扉・逆流防止)
- 電気室・発電機が浸水しない(防水区画化・上階設置)
- 浸水継続時間の間、水・食料・医療ガス・薬剤・燃料がもつ
- 上記が崩れたときの立退き避難への切替基準が計画に明記されている
当社は、既存病院をモデルに玄関・ドア・低窓への防水板と電気室の止水扉で「避難せず建物に残留できる」構成をまとめた計画書を作成しています。建替え・移転が10億〜50億円規模になるのに対し、既存建物の止水改修は5千万〜2億円・短工期が目安です(規模・止水構成により異なります)。詳しくはサブマリン化のページをご覧ください。
病院の水害BCPを作る手順(日本病院会ガイドラインより)
- 作成委員会の設置:病院長を中心に構成。既存の災害委員会を充てることも可。
- 所在地の水害危険の調査:ハザードマップ、過去の水害履歴、自然災害伝承碑。
- 対応力の評価:敷地・建物・医療機器・設備・人員について、想定浸水深に応じた被害と業務上の支障を評価(例:駐車場冠水による業務用車両の使用不能、地下機械室の浸水による自家発電・揚水ポンプの停止、浸水階の外来・手術の制限)。
- 被害防止・軽減対応の検討(BCPの骨子):建物・設備対策、タイムライン、避難判断。
- 優先業務(重要業務)の選定:継続すべき診療機能と縮小・停止する業務の順序。
- 検証と改訂:訓練による検証と、被災経験・制度改正を踏まえた見直し。
- 出典:一般社団法人日本病院会 救急・災害医療対策委員会「病院等における風水害BCPガイドライン」(令和4年3月) PDF
- 出典:国土交通省水管理・国土保全局「要配慮者利用施設における避難確保計画の作成・活用の手引き」(令和4年3月) PDF
- 出典:国土交通省・経済産業省「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」(令和2年6月)
- 参考:厚生労働省「医療施設の災害対応のための事業継続計画(BCP)」、水防法(昭和24年法律第193号)第15条の3
- 本記事は各資料の内容を要約・解説したものです。計画の作成にあたっては最新の法令・手引きと所轄市町村の指示をご確認ください。