武蔵小杉で何が起きたか
2019年10月の台風19号(令和元年東日本台風)で、川崎市の武蔵小杉駅周辺は多摩川の水位上昇にともなう内水氾濫に見舞われました。報道によれば、あるタワーマンションでは敷地内の浸水深は30cm程度だったにもかかわらず、下水道・排水管を通じて逆流した水が地下にたまり、その量は約9,000トン。地下3階の電気設備が水没し、全棟が停電しました。電気が復旧したのは被災から5日目で、その間エレベーターや給水が使えず、高層階の住民は階段で水を運ぶ生活を強いられました。
この事例が示した教訓は3つあります。
- 浸水は玄関から入ってくるとは限らない。排水管の逆流や地下の貯水槽の溢水など、「内側から」浸水する経路がある。
- 敷地の浸水が浅くても、地下に集まった水は電気室を確実に水没させる。
- 電気室が止まると、被害は水に浸かった区画だけでなく全戸に及ぶ。復旧には日単位の時間がかかる。
国はこの被害を受けて2020年6月に「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」を策定しました(解説記事はこちら)。また2021年4月の電気事業法施行規則改正で、災害対策として同一敷地内での複数引込みや近隣建物からの電力融通が可能になるなど、制度面の見直しも進んでいます。
理事会が今すぐ確認したい5項目
| 確認項目 | 見るもの | ポイント |
|---|---|---|
| 1. 想定浸水深 | 洪水・内水・高潮ハザードマップ、浸水実績 | 「想定最大規模」と「計画規模」の両方を確認。内水ハザードマップは見落とされやすい。 |
| 2. 電気室・発電機の位置 | 竣工図(配置図・断面図・単線結線図) | 受変電設備、非常用発電機、ポンプ、エレベーター機械室が地下または1階にあるか。 |
| 3. 浸水経路 | 現地確認 | 地下駐車場の車路、外階段、エレベーター乗場、通用口、換気口・からぼり、排水管の逆流の可能性。 |
| 4. 既存の止水設備と運用 | 止水板の有無、保管場所、鍵、設置手順 | 「誰が・いつ・どの順で」設置するかが決まっているか。管理員不在の夜間・休日に設置できるか。 |
| 5. 復旧体制 | 電気主任技術者・電気工事業者の連絡先、図面の保管場所 | 浸水後の排水・点検・復旧を誰に頼むか。連絡体制図があるか。 |
2と3で「地下に電気室があり、車路や階段から水が入りうる」と分かれば、優先度は高いと考えてください。
既存マンションでできる対策(優先順位つき)
優先度A|水防ラインをつくる:止水板・防水扉の後付け
電気室を上階に移設するのは既存マンションでは現実的でないことが多く、まずは建物・地下への浸水経路を止水板や防水扉で塞ぐ「水防ライン」を形成します。
- 地下駐車場の車路:幅が広く止水高も必要なため、脱着式の連続パネル止水板、または床に収納して立ち上げる起伏式止水板。
- 階段・通用口:脱着式の止水板。設置は1人・数分が目安。
- エレベーター乗場:簡易防水板。昇降路に水が入ると復旧に時間と費用がかかるため、優先度は高い。
- 電気室・機械室の扉:防水扉に更新し、配線・配管の貫通部を止水処理して防水区画にする。

優先度B|逆流・溢水を止める
武蔵小杉の教訓である「内側からの浸水」対策です。排水設備の下水道からの逆流には、貯留槽からポンプアップして排水する構造にするか、排水設備の立上りやバルブで逆流を防ぎます。建物内の貯留槽が満水になって溢れるリスクにも、溢水防止措置と流入経路のバルブ設置を検討します。設備の系統は建物ごとに異なるため、給排水設備の図面を確認できる設備業者との連携が必要です。
優先度C|浸水しても早く復旧できる体制
- 電気主任技術者・電気工事業者・電力会社・メーカーの連絡体制図を作り、管理会社と共有する。
- 配置図・単線結線図などの設備図面を、浸水しない場所に保管する。
- 非常用発電機の燃料備蓄量と運転計画、可搬型発電機の接続口の有無を確認する。
優先度D|「設置できる体制」をつくる
止水板は設置されなければ意味がありません。ガイドラインの事例集には、集中豪雨の日に管理員が止水板保管場所の鍵を持ち帰ってしまい、設置できずに1階が冠水してエレベーターが故障したマンションの例があります。豪雨の予報段階で管理会社・防災担当理事・理事長が連絡を取り合い、管理会社スタッフか在宅の住民が設置する、という取り決めと年1回の設置訓練をセットにしてください。
費用の考え方と実例
費用は、止水板の枚数と幅・止水高、電気室扉の更新有無、既存躯体の状態で変わります。参考として、当社が関わった東京都大田区の既存大型マンション(洪水で約50cmの浸水が想定されるエリア)では、長期修繕工事の一環として地下駐車場スロープ・階段・エレベーター・地下扉に防水板・防水扉3種6台を設置し、建築工事費は設計費・経費を除き約750万円でした(日刊工業新聞 2022年10月27日付)。既存建物に合わせて設備を選定し施工管理を一括したことで、個別に発注するより費用を抑えられています。施工前後の写真はこちら。
一方、電気室が浸水した場合の損失は、受変電設備の更新費用に加え、停電期間中のエレベーター・給水停止による生活への影響、仮住まい費用、資産価値の低下と、対策費用を大きく上回ります。
自治体の止水板補助金・助成金
多くの自治体が止水板(防水板)の設置に助成制度を設けており、マンション管理組合が対象に含まれる制度も少なくありません。東京都内の例では、工事費の1/2〜4/5、上限50万〜150万円程度の制度があります(自治体により対象者・上限・年度予算が異なります)。
- 担当部署は「下水道課」「防災課」「都市整備課」など自治体によって異なる。
- 多くの制度は工事の着手前に申請が必要。着工後の申請は対象外になることがある。
- 簡易型止水板の購入のみを対象にする制度と、設置工事を対象にする制度がある。
当社の無料診断では、所在自治体の制度の有無と要件をあわせてお調べします。
長期修繕計画に組み込む
浸水対策は、大規模修繕のタイミングで実施すると足場・仮設・管理の費用を共用でき、合意形成もしやすくなります。大田区の事例も長期修繕工事の一環として実施されました。長期修繕計画に「浸水対策(止水板・防水扉)」の項目を追加し、修繕積立金の中で計画的に手当てするのが現実的です。修繕費全体を精査して減額分を防災に振り向ける方法については、コアプロ(長期修繕のVE・CD提案)をご覧ください。
- 参考:国土交通省・経済産業省「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」(2020年6月)
- 参考:日経クロステック「武蔵小杉タワマンを停電に追い込んだ9000トンの水、意外な浸入経路を解明」ほか報道各社(2019〜2020年)
- 参考:一般社団法人日本病院会「病院等における風水害BCPガイドライン」(2022年3月)電気事業法施行規則改正(2021年4月)に関する記述
- 参考:日刊工業新聞 2022年10月27日付「防水設備、低価格で実現 減災サステナブル技術協会が監修 都内マンションに導入」
- 補助金の内容は各自治体の最新の公表情報をご確認ください。