なぜ「後付けの止水板」なのか
浸水対策の基本は、電気設備を浸水しない高さに置くことと、出入口の床を嵩上げすることです。しかし既存建物では、設備の移設や嵩上げは空間と工事規模の面で難しいことがほとんどです。
国土交通省・経済産業省の「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」は、止水板について、敷地条件や建築計画上の制約との調整が容易で、電気設備を浸水リスクの低い場所に設置することが難しい場合も含めて広く活用できる手法と位置づけ、大規模な工事が困難な既存建築物では比較的設置が容易な脱着式の止水板を選定することを例示しています。
止水板・防水扉の種類
ガイドラインの参考資料(国交省「地下街等における浸水防止用設備整備のガイドライン」)は、浸水防止用設備を次の4つに分類しています。
| 分類 | しくみ | 主な製品 | 留意点 |
|---|---|---|---|
| 脱着型 | 非常時のみ取り付ける。手動操作 | 脱着式止水板(単一構造・連続構造)、止水シート、土のう | 保管場所が必要。取り付け方で性能が変わるため講習・訓練が必要 |
| 開口部設置型 | 床や側壁に収納し、非常時に立ち上げる・引き出す。手動のほか電動や自動も | 起伏式、浮力式、スイング式、スライディング式の止水板 | 落ち葉やごみが動作障害になるため定期清掃・点検が必要 |
| 防水扉・防水シャッター | 開口部全体を塞ぐ | スイング式・スライディング式の防水扉 | 内部を水密にできるが、閉鎖中は通行できない |
| 建具型 | ふだんはドア・シャッターとして使う | 防水シャッター、防水扉 | 止水材の変形・破損・劣化の点検が必要 |
浮力式は、水位が上がると浮力で自動的に立ち上がるタイプで、電源も人手も不要です。夜間に無人になる施設や、設置要員を確保しにくい建物に向きます。電動式は、停電時の起動方法を確認しておく必要があります。
場所別の選び方
| 場所 | 特徴 | 向く方式 |
|---|---|---|
| 地下駐車場の車路・スロープ | 間口が広く、最大の浸水経路。車が通るため床はフラットにしたい | 脱着式の連続パネル、起伏式、浮力式 |
| 階段・通用口 | 間口は狭い。設置は1人でできるものを | 脱着式(単一構造) |
| エントランスの自動扉 | ガラス面は水圧や漂流物に弱い | 脱着式、シート式。ガラス前面を覆う高さを確保 |
| エレベーター乗場 | 昇降路に水が入ると復旧が長期化 | 簡易防水板(脱着式) |
| 電気室・機械室の扉 | 水防ラインを越えた水への最後の砦 | 防水扉への更新+貫通部の止水処理 |
| 換気口・からぼり | 見落とされやすい浸水経路 | 開口部の高い位置への移設、周囲の塀・止水板 |

土のうとの違い
土のうは安価で今すぐ用意できますが、ガイドラインも、設置時の体力的負担が大きく、浸水防止性能が土のうの積み方に左右される面があるとしています。メーカー資料による比較例(開口幅2m・浸水高0.5mの場合)は次のとおりです。
| 脱着式止水板 | 土のう | |
|---|---|---|
| 重さ | 約18kg | 約20kg × 約40袋 = 約800kg |
| 設置時間 | 1人で約3分 | 1人で20〜30分 |
| 止水性能 | 漏水量が規格で示される | 積み方による |
| 保管 | 専用の収納袋・壁面ラック | 置き場と砂・土の手配が必要 |
| 使用後 | 収納して繰り返し使用 | 水を含んだ土のうは廃棄処理が必要 |
豪雨は警報から浸水までの時間が短く、設置要員も限られます。「数分で、少人数で」設置できるかどうかが、止水板を選ぶ最大の理由です。
性能の見方:JIS A 4716
浸水防止用設備の性能は、JIS A 4716で漏水量(1時間あたり・面積1㎡あたりの水量。単位は㎥/(h・㎡))によって等級が定められています。製品を比較するときは次の3点を確認します。
- 対応する止水高(浸水深)と間口:設定浸水深以上の高さが必要
- 漏水量の等級:数値が小さいほど水を通しにくい
- 設置時間と必要人数:夜間・休日に確保できる人員で設置できるか
なお、止水板は完全に水を止めるものではありません。にじんだ水を処理する排水ポンプや、ライン内に降った雨の排水もあわせて計画します。
後付け工事の流れ
- 調査:ハザードマップと浸水実績で想定浸水深を確認し、浸水経路をすべて洗い出す
- 設計:経路ごとに方式・止水高・保管場所を決める。壁・床の下地が金具を固定できる状態かを確認
- 助成金の申請:多くの自治体は着工前の申請・交付決定が条件(補助金・助成金の解説)
- 製作・施工:レール・受け金具の取り付け、パネルの製作、防水扉の更新、貫通部の止水処理
- 引き渡し・訓練:実際に取り付けて水密を確認し、設置手順を関係者で共有
当社が関わった東京都大田区の既存マンションでは、長期修繕工事の一環として、地下駐車場スロープ・階段・エレベーター・地下扉の5か所に防水板・防水扉3種6台を設置しました。建築工事費は設計費・経費を除き約750万円です(日刊工業新聞 2022年10月27日付)。施工前後の写真はこちら。
設置後に必要なこと
- 設置体制:誰が・どの警報で・どの順に設置するかを決める。管理員が不在の夜間・休日の担当も決める
- 保管と鍵:保管場所の鍵を誰が持つか。国のガイドラインには、鍵を持ち帰ってしまい設置できず冠水したマンションの事例が載っています
- 訓練:年1回は実際に取り付ける
- 点検:締付金具の作動、パネルの破損、止水ゴムの劣化を年1回確認し、メーカー推奨の周期でゴムを交換する
- 出典:国土交通省・経済産業省「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」(令和2年6月)および同参考資料集 PDF
- 出典:国土交通省水管理・国土保全局「地下街等における浸水防止用設備整備のガイドライン」(2016年)
- 参考:JIS A 4716(浸水防止用設備 建具型・構成部材)、止水板メーカー各社の製品資料
- 製品の性能・寸法・点検周期はメーカー・製品により異なります。