電気室が水没すると、建物全体が止まる
マンションやビル、病院の電気室には、電力会社から受けた高圧の電気を建物内で使える電圧に変える受変電設備(キュービクル)があります。ここが浸水すると安全装置が働いて受電が止まり、被害は水に浸かった区画だけでなく建物全体に及びます。
| 止まるもの | 影響 |
|---|---|
| 共用部・専有部の電気 | 照明、空調、冷蔵庫、通信機器が使えない |
| エレベーター | 高層階の住民・患者の移動ができない。昇降路やピットに水が入ると復旧がさらに遅れる |
| 給水ポンプ | 受水槽方式・増圧方式の建物は断水。トイレも使えなくなる |
| 排水ポンプ | 地下にたまった水を自力で出せない |
| 防災・防犯設備 | オートロック、機械式駐車場、非常用照明(電池切れ後) |
| 医療機器・サーバー | 病院では診療の継続、事業所では業務の継続に直結 |
非常用発電機があっても、発電機や燃料タンク、切替盤が同じ地下にあれば一緒に使えなくなります。日本病院会の調査では、非常用自家発電設備を建物内に置く病院の66.3%が地下または1階に設置していました。
実例:敷地の浸水は30cmでも、地下3階の電気室が水没
2019年10月の台風19号では、川崎市・武蔵小杉のタワーマンションで地下3階の電気設備が浸水し、全棟が停電しました。報道によれば、敷地内の浸水深は30cm程度で、出入口からの浸水は土のうで防げていましたが、雨水ますから地下の雨水貯留槽に流れ込んだ水がポンプの排水能力を超えてあふれ、その量は約9,000トン。電気が復旧したのは被災から5日目で、大型排水ポンプによる排水だけで1日半を要しました。
この被害をきっかけに、国土交通省と経済産業省は2020年6月に「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」をまとめています(解説記事)。
水没から復旧までの流れと日数
ガイドラインは、電気設備が浸水した後の応急復旧の手順と所要日数の目安を示しています。
| 手順 | 担当 | 日数の目安 |
|---|---|---|
| 1. 電気設備周辺の排水(事前に電気設備関係者による点検・測定、開閉器の開放などの安全処置) | 所有者・管理者 | 約2〜3日 |
| 2. 受変電設備の清掃・点検、再利用可否の判断と復旧方法の検討 | 電気工事業者・電気主任技術者 | |
| 3. 応急措置のための手配・準備 | 同上 | 約2〜4日 |
| 4. 復旧作業(組立・配線) | 同上 | |
| 5. 送電・停電解消 | 一般送配電事業者(電力会社) | — |
単純に足すと4〜7日程度です(電力会社による送電の手続きは別)。ガイドラインが合計日数を示しているわけではなく、技術者や部品の手配が円滑に進んだ場合の目安です。受変電設備は受注生産の場合があり、機器の更新が必要になると本復旧までの期間はさらに長くなります。広域災害では技術者・仮設機材が不足し、順番待ちになることも想定しておく必要があります。
復旧にかかる費用の内訳
費用は設備の規模と被害の程度で大きく変わるため一概には言えませんが、発生する項目は共通しています。
- 排水作業(ポンプ・発電機の手配、汚泥の処理)
- 受変電設備の洗浄・乾燥・絶縁測定、部品交換、または機器の更新
- 仮設電源(仮設キュービクル、発電機のレンタルと燃料)
- エレベーター、ポンプ、制御盤、分電盤など付随設備の修理・交換
- 停電期間中の代替手段(仮設トイレ、給水、仮住まい、休業損失)
設備本体の修理費よりも、停電が続く日数分の損失のほうが大きくなりやすいのが特徴です。だからこそ「水没させない」対策と「早く戻す」準備の両方が必要になります。
復旧を早めるために、平時に準備しておくこと
連絡体制図をつくる
ガイドラインが挙げる連絡先は次のとおりです。夜間・休日でも連絡がつく番号を、浸水しない場所に掲示・保管します。
- 電気主任技術者とその代務者
- 電気工事業者
- 一般送配電事業者(電力会社)
- 電気機器の施工業者
- 建物所有者・管理者側の窓口
設備関係図面を揃える
配置図、各階平面図、立面図・断面図、単線結線図、電気機器図、負荷設備配線図、配管設備の系統図。復旧方法の検討は図面がないと始まりません。電気室の中に保管していると一緒に水没するため、上階とクラウドの両方に置いておくのが確実です。
非常用電源の運用を決めておく
燃料の備蓄量と運転可能時間、優先して給電する設備、可搬型発電機をつなぐ接続口の有無を確認します。在館者への備蓄品の配布や安否確認の手順もあわせて決めておきます。
そもそも水没させないための対策
既存建物で電気室を上階へ移すのは難しいことが多く、現実的には次の組み合わせになります。
- 水防ラインをつくる:地下車路、階段、エレベーター乗場、通用口に止水板・防水扉を設置し、建物・地下への浸水を防ぐ(止水板の後付けガイド)。
- 逆流・溢水を止める:排水管からの逆流防止、貯留槽の溢水防止。武蔵小杉では貯留槽の溢水が浸水経路でした(地下駐車場・エレベーターの浸水対策)。
- 電気室を防水区画にする:電気室の扉を防水扉に更新し、電源引込み口や配管貫通部を止水処理材で埋める。水防ラインを越えた水への最後の砦になります。
- 設置できる体制と訓練:脱着式の止水板は、誰が・いつ設置するかを決め、年1回は実際に取り付ける。


- 出典:国土交通省・経済産業省「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」(令和2年6月) PDF
- 参考:日経クロステック「武蔵小杉タワマンを停電に追い込んだ9000トンの水、意外な浸入経路を解明」ほか報道各社
- 参考:一般社団法人日本病院会「病院等における風水害BCPガイドライン」(令和4年3月)
- 浸水した電気設備の取り扱いは感電・火災の危険があります。必ず電気主任技術者・電気工事業者の指示に従ってください。